ベーゼンドルファーは、創業よりおよそ190年という永い歴史の中で、総生産台数はわずかに50,000台程。年間の製造台数は300台程度です。この数字が意味するのは、ベーゼンドルファーが一台のピアノに捧げるこだわりと情熱に他なりません。

ベーゼンドルファーのピアノは、熟練した職人たちの丁寧な手作業によって、伝統を守りながら製造されています。ここでは、高い美意識に裏打ちされたベーゼンドルファーのピアノづくり、ベーゼンドルファーのピアノだけが表現しうる"至福のピアニッシモ"の秘密の一部をご紹介いたします。


響板・ケース・支柱の響きの一体化

スプルースでできたケースをボディに沿って曲げていきます。

現在多くのメーカーが採用している外装ケースの製造方法は、厚さ3ミリ弱のカエデなど比較的硬い薄板を重ねて接着した合板を、ボディの形にプレスして、ケースの形状に加工するというものです。

この方法はケースの強度を高めることにもなるので、弦の張力を支える構造材としての役目も担っています。

さらに、ケースよりも内側にあり、フレームの外周とボルトで直結されている支柱枠も、ケースと同様に合板を大きな力で曲げて造られているので、ケース、フレーム、支柱枠(サブフレーム)によって弦の総張力の70%程度を支えることができ、最も内側からの支えとなる支柱は少ない数で放射状にかけることができます。

ケース・フレーム・支柱枠、全てスプルース。この拘りが豊かな響きを生みます。

しかし、ベーゼンドルファーは、ケースも楽器として響板同様に響かせるために、響板と同じスプルース材(松の一種で、比較的柔らかく、充分に乾燥させることで音を伝える事に優れる木材)のピースをつなぎ合わせてつくった長尺の板の内側に多くの切込を入れて、支柱枠に巻き付けるという工法を採用。合板と異なり、リラックスした柔らかいケースが、響板と一体となって豊かに響くことを可能にしました。

この方法は、ケースの柔らかさゆえに、弦の張力をケースに負担させるということができないため、支柱枠や支柱の強度を高める必要があります。

ここでカエデなどの硬い材を使用すると考えるのが一般的な発想ですが、ベーゼンドルファーはその支柱系にもスプルースを使用。楽器全体が一つの共鳴体であるという考えから、支柱系までも楽器の一部として響くように工夫を込めたのです。

このように、同じスプルース材で響板・フレーム・支柱枠を構成し、一体化した共鳴体とする工法は、
ベーゼンドルファー独自のもので、「Resonating box原理」と呼ばれています。


音へのこだわりを実現する
高度な製法

ベーゼンドルファーは、ケースの工法の他にも、「楽器全体が一体化して響く」というコンセプトを実現させるために、手間と材料を惜しまない独自の工法をいくつも採用しています。

ケースの内側の支柱枠には「煉瓦積み工法」を採用。20トンを超える弦の総張力を支えるために、他メーカーが合理的で強度の高い合板のプレスで製造する中、ベーゼンドルファーはスプルースのブロックを煉瓦のように積み重ねて、支柱枠の形を削り出す独自の方法を採用しています。

これも、支柱枠をケース同様リラックスさせて楽器の一部として響かせるため。強度を確保しながらも柔軟な構造を、手間をかけて実現しています。

  • スプルースのブロックをつなぎ合わせ、支柱枠を形作ります。
  • スプルースを煉瓦のように積み重ね、支柱枠の形を削り出していきます。
  • 支柱枠も響鳴体の一部とするためには、わずかな隙間も許されません。職人の高度な技術が要求されます。
  • 強度を確保するための独自の支柱構造。これも音へのこだわりから生まれています。

また、支柱の構造も、ベーゼンドルファーのピアノづくりの伝統を象徴しています。上述のように、ベーゼンドルファーのピアノはケースと支柱枠を緊張させずに響かせるため、支柱によって強度を補う必要性があります。そこで、張力の方向(弦の張られる方向)のみならず、それに直交する横の力も支えるように、井桁状に支柱を組んでいるのです。

木材を直角に組み合わせるには、そのための溝を造らなければならず、ましてそれが大きな張力を支えるためには、少しの隙間もない高い精度が要求されます。
しかも、このように組み上げるだけでも多くの手間を必要とする支柱までも、楽器の一部として共鳴するようにスプルースを使用しているのです。

こうした「楽器全体が一体化した響き」を実現させるための徹底したこだわりが、ベーゼンドルファーのピアノだけがもつ至福の響きを生み出しているのです。

ベーゼンドルファーピアノの支柱。弦を張る方向と、それに直交する方向に井桁状に組まれます。(一般的なピアノの支柱は、弦を張る方向のみに放射状に取り付けられます)

厳選された木材、
フレームのシーズニング

ベーゼンドルファーは、南チロルのフィエメ渓谷、海抜800メートルの北側斜面に生育したドイツトウヒ(スプルース)、ブナ、カエデといった木材からつくられます。

ベーゼンドルファーピアノ最大の特徴は、ボディ全体を一つの楽器として歌わせるために、その85%がスプルース材から構成されていることです。主材となるスプルースは樹齢約90年・高さ約30メートル・樹径約60センチの成木の中腹部分、約20%の厳選されたAクラス材のみが使用されます。

ベーゼンドルファーに使用される木材は冬場に伐採され、原木から板状に製材された後、約5~6年、屋外での天然乾燥により状態を安定させ、屋内の乾燥室で各パーツに適した含水率になるまで、さらに約3ヶ月から1年の乾燥期間を要します。

木材の乾燥(シーズニング)に必要な期間を経て、組立てから完成に至るまでには、さらに1年3ヶ月もの時間が費やされます。木材が植えられてから、完成形のピアノに至るまで、約100年の期間を要しているのです。

弦の強大な張力を支える鋳鉄のフレームも木材と同様にシーズニング(乾燥)が為されます。鋳造したフレームを約6ヶ月外気にさらし、完全に状態が安定してからボディと組み合わせます。このシーズニングにかける時間を惜しんでしまうと、ボディに組み込んだ後に数ミリの歪みを生じ、せっかく緊張しないように造られたボディに余計な力を加えてしまうからです。

フレームも、鋳造後に生じる歪みを完全に取り除くために、約6ヶ月間屋外でゆっくりと保管されます。

音へのこだわり~余韻と静寂

楽器全体が一体となって歌うというベーゼンドルファーのコンセプト。
ピアノは、ハンマーが弦を打った瞬間、弦に衝撃波が生じ、この波が駒から響板へ伝わって楽器の中で重なり合います。この重なり合った響きが、その楽器特有の音色となります。ベーゼンドルファーの場合、その構造から、ケースや支柱なども含めた楽器全体に、この衝撃波が伝わるように造られているため、その重なり合いが他の楽器より複雑になり、より多くの音色で歌うことができるのです。

また、ベーゼンドルファーは美しく歌うことだけでなく、静寂への入り口「止音」に対しても工夫を込めました。鍵盤を戻したりペダルを操作することによって、今まで鳴っていた音を止める機能であるダンパー。音を止めるだけなら、ダンパーが機能したとき、瞬時にして完全に止音すべきと考えるところですが、ベーゼンドルファーは、よく歌うように造られたボディから発せられた響きが、まるでスイッチを切ったように無くなってしまうのは音楽的ではないと考え、ダンパーが機能したとき、適度な余韻をもって音が消えるようにダンパーフェルトを軟らかくしました。この工夫が、歌う音と静寂とをスムーズにつなげ、ベーゼンドルファーが奏でる音楽に、滑らかなつながりを与えています。

  • 弾き心地と音色を大きく左右する鍵盤、アクション、ダンパー、全て熟練した職人が入念に組み上げ、調整していきます。
  • ハンマーの硬さと表面の弾力を整えます。ベーゼンドルファーの音色とタッチがここで完成します。
  • 最終検査。技術責任者による詳細な検査を経て合格したもののみが出荷されます。

演奏会場の大型化やオーケストラの大規模化に対応するためにベーゼンドルファーも、他メーカーと同様に音量増大と楽器の強度の課題に取り組みますが、その中でも「聴衆の心を魅きつけるピアニッシモ」に対する意識を高く持ち続け、商業ベースに流されることなく丁寧な手作業による製造を維持し続けてきました。

現在でも、材料の乾燥を経た後、一台のピアノ製造工程にかけられる期間は約62週間。そして調律・整音などの最終調整にかける期間は約8週間。この膨大な時間に、創業者から何世代にもわたって引き継がれてきたベーゼンドルファーの魂を見て取ることができます。

繊細でありながら輝きに満ちたピアニッシモや、重厚感あふれる豊かな低音域、そして他の追随を許さない多彩な表現力をもつベーゼンドルファーのピアノ。演奏者と聴衆の心を深くとらえるその魅力と可能性は、確固たる信念と哲学のもとに守り抜いてきた伝統と、熟練した職人たちの緻密な技から生み出されているのです。

そのこだわり抜いた生産方法ゆえに、接する機会が多いとは言えないベーゼンドルファーのピアノ。
音楽の都・ウィーンが生み出した至宝、このピアノのもつ高い音楽性をぜひご体感ください。

【写真・画像の出典】
オーストリア観光局ホームページ・ベーゼンドルファー ホームページ 他