ベヒシュタイン社の創業は19世紀半ばのドイツ・ベルリン。19世紀ドイツは、ロマン主義という時代の思潮の真っ只中にありました。今なお、クラシックファンのみならず、多くの人に愛される、シューベルト、メンデルスゾーン、ワーグナー、シューマン、ブラームスなどの大作曲家たちが、ドイツ・ロマン派音楽という大輪の花を咲かせたこの時代に、その音楽的要求にこたえるように生まれたベヒシュタイン。ドイツの精神・文化を背景にしたその歴史は、世界中に愛される銘器となった栄光の道程であると同時に、困難な時代の苦境を乗り越えた再生の道程でもあります。


創業から音楽家たちの要求を
満たすピアノ作りへ

創業者 カール・ベヒシュタイン

ベヒシュタインは1853年にドイツ・ベルリンで創業されました。
当時はロマン派の全盛期。「感情表現」が重視されたこの時代、様々な響きのバリエーションがその演奏表現に求められ、ピアノにも多様な色彩感、より充実した抑揚の変化の幅が求められました。

創業者カール・ベヒシュタインは、フランスとイギリスでのピアノ製造の経験を元に、1853年にベルリンで独立。「タフな演奏」と「きめの細かい演奏」の両立という時代の要望にこたえるピアノ作りを開始しました。現在のベヒシュタインピアノの個性を確立したのは、後のベルリンフィル指揮者で大ピアニストのハンス・フォン・ビューローやリストといった巨匠たちとの親交から生まれた要求でした。

  • ベヒシュタイン工場の絵
    (1872年)
  • 工場内部の様子

「複雑な和音や早いパッセージを奏でても、内声・外声が分離し、旋律のゆったりと歌うような抑揚と同時に背景に回る伴奏部の音色との違いを表現し、そして、pppからfffまで幅の広いダイナミックレンジを」

これは現在のベヒシュタインピアノの特性と完全に合致しています。ベヒシュタインは創業当時から高いポリシーのもとに、その独特な響きの透明感と色彩感、豊かな表現力を実現させてきたのです。その後ブラームス、ブゾーニ、ドビュッシー、リヒャルト・シュトラウスといった作曲家たちとベヒシュタインとの関わりも深くなっていったことは、彼らの音楽的要求を満たすピアノ作りに成功していた証と言えます。


世界に広まる名声

こうしてベヒシュタインピアノは高い芸術性を持つピアノとして広く知られるところとなりました。
1890年代にはコンサートホールの舞台、王侯貴族の館、音楽学校を占拠し、国際的な名声と評判によって輸出も増大しました。

ロンドン、パリ、そしてサンクト・ペテルブルクに支店が創設され、本拠地ベルリンには最初のベヒシュタインコンサートホールが建てられました。
さらに、レコードの登場によって、大音楽家による演奏が一過性のものではなく、繰り返し聴くことのできるものになった時代にも、ベヒシュタインは彼らに選ばれ、歴史に残る名演の伴侶となりました。

アルトゥール・シュナーベルは、ベヒシュタインを使用して初めてベートーベンの32のソナタ全曲を録音し、フルトヴェングラー、バックハウス、ギーゼキング、ケンプなどの巨匠たちもまた、ベヒシュタインのピアノでレコード録音をしています。 ベヒシュタインに常に音楽家や愛好家の期待に答え、人々を納得させてきたのです。

  • 愛用のベヒシュタインが置かれたブゾーニの部屋
  • ロンドンに開かれたベヒシュタインホール

暗い時代と再生への第一歩

バックハウスからベヒシュタインへの感謝と賞賛の手紙

しかし、時代は戦争の世紀へ突入。ニ回の激しい世界大戦の後、ドイツは敗戦国となります。
ベヒシュタインの工場は崩壊し、製造のための部品・資材は損失。ベヒシュタインは連合軍の管理下におかました。

本社工場のあったベルリンはやがて東西冷戦の舞台となり、戦後のドイツ史と歩みを同じくするように、ベヒシュタインの復興は遅れます。経営権はアメリカのボールドウィン社に移り、ベヒシュタインのブランドイメージは薄れていきました。こうしたことは、戦勝国アメリカのニューヨークに本社をおき華々しい発展を遂げたスタインウェイ社とは実に対照的と言えます。

ベヒシュタインがこうした苦境の中にあるときも、偉大な音楽家たちはベヒシュタインという名器を忘れることはありませんでした。バックハウスやケンプ、チェリビダッケなどのコンサートや録音にベヒシュタインが選ばれ、その魅力を賞賛する声は絶えませんでした。ベヒシュタインのドイツでの再起を期待する声は少なくなかったのです。

  • 戦争で倒壊した工場ビル
  • ベヒシュタインを弾くバックハウス

ドイツでの製造再開から再び
世界のトップブランドへ

1971年のドイツツアーでベヒシュタインを弾くバーンスタイン
現在のザイフェナースドルフ工場

このような状況の中、1986年に、ドイツ人のピアノマイスター カール・シュルツ氏がボールドウィン社から経営権を買い取ったことにより、ベヒシュタイン社はあらゆる意味において再びドイツに戻りました。

以降、楽器製造のワークマンシップを最優先に、ドイツ国内での製造を再開。ザクセン州ザイフェナースドルフに工場を開設し、さらにはその工場にほど近いチェコにも工場を建て、セカンドブランドを展開するなど、確実にかつ継続的にその価値を拡大してきました。

現在のザイフェナースドルフ工場

ザイフェナースドルフの工場には、世界的に見ても比類ない研究・製造開発・品質管理を行う"ピアノ製造R&D(研究開発)センター"があります。この部門では最高級の木材エンジニアからコンサート整音を行う専門の技術者までが、協力し合いながらピアノ作りに取り組んでいます。 こうした環境の中、ベヒシュタインはドイツ国内で高いシェアを誇るだけでなく、ニューヨークから日本にいたるまで、世界中で販売されるようになりました。また、優れたピアニストやその録音によって、ベヒシュタインは再び世界の舞台に登場するようになったのです。

世界のトップブランドとしての地位を不動のものとした今日でも、音色作りへの確固たる信念と蓄積されたノウハウを元に"本質"を提供し続けるベヒシュタイン。ドイツの文化・歴史に深く根を下ろしたその伝統が紡ぐ音色は、真の芸術です。

世界中の人々の心を内奥から揺さぶるその魅力を、ぜひ体感してみてください。

【写真・画像の出典】
ベヒシュタイン ホームページ